〜源仁物語6巻





朝廷は華やいでいた。
今日は月に一度の"貝独楽の宴"の日。
貝独楽に長けた者たちが一同に介し、その白熱した試合を披露する。


頭中将役のブレーダーDJがマイクを握り、解説を勤める。
その頬は少しこけているように見えるが
きっと気のせいではないはずだ。

そんな親友の姿を眺めつつ、源仁が苦笑する。



「今回は・・ヴォルコフ左大臣は欠席ですか?」


ころんとした身体を身体を揺らして大転寺右大臣が話しかける先。


「・・・そのようですね。」


一番奥の少し高い位置、玉座でキラリとメガネが光る。


「才延天皇。試合が開始されますよ。」

「ありがとうございます。ヒロミ女房。」


今回は大転寺右大臣がこの宴の責任者だ。
やはりブレーダーの顔ぶれも分かってくるというもの。

ご機嫌でドラグーンをシュートする青龍の君に
負けじと雄雄しき聖獣を召還する白虎の君。
公平な立場で応援する玄武の君に
白虎の君にエールを送る、白虎族の・・・姫君たち。


そして楽しそうに、また真剣な顔で
ノートパソコンを構え、試合を観戦する才延天皇。

はたしてこの時代にノートパソコンなるものが存在してもいいのかは謎だが・・・


小柄ながらに、キラリと光るメガネで相手を威嚇しつつ
きちんと政を司っているだけあって
ちまたの天皇の支持率は大したものだ。


まぁ、ベイバトルのこととなれば彼も子どもらしい一面をのぞかせる。

玉座から降りて、少しずつ前に
よりバトルが見やすい位置へとにじり寄っている。(もともと特等席に玉座が設置してあるのだが)
御つきのヒロミ女房も一緒に盛り上がってバトル観戦に興じているのだから
才延天皇の行動を誰も止めようとはしない。

そんな才延天皇を見て、源仁はクスリと笑みをこぼした。

そして影から源仁に向けられた視線を気付き、
まるで誘われるようにその姿を追った。



この試合で勝った姫君は
才延天皇の後宮へと晴れて迎え入れられ
日夜、貝独楽の特訓に励むことになる。


「やはり青龍の君はお強いですね。
 何て言ったって、本編主人公ですからね。」


「・・・本編主人公といえば・・・この物語の主人公は?」

ヒロミ女房が気付き、辺りを見渡すが
源仁の姿はどこにも無かった。

2/5





ガサガサ


試合会場の裏で2人の人間が話し合いをしている。
白熱、加速するそれは影を大きく揺らした。


「貴様は何を考えている!?」


「大きな声を出すな。朱雀の君。」


「大声を出すな、だと?
 あんな文を送っておいて?」



源仁に向けてドランザーを構える朱雀の君。
本気で殺気を放つ朱雀の君の手を源仁が必死になって押さえた。


「悪かったよ。本当に夜にお前のところに行くつもりだったんだ。・・・だけど」


「はっ。弟でも押しかけてきたか?」



・・・図星。(源仁物語4巻参照)



うっ・・と唸り、手の力が弱まった源仁に
朱雀の君は言葉を続ける。



「何が"俺の紫の上"だ。"調教したい"だ、"拉致したい"だ。
 ダラダラと書き並べやがって・・・

 それに・・・なんだ。最後のあれは。」


はき捨てるように続けられた言葉に
源仁は一度、大きく息を吐いて答えた。



「本心だ。

 もしも、もしもだ。
 ヴォルコフ左大臣が政権を掌握したときは、
 俺はそちら側につくかもしれない。」



半分呆れたように源仁を見あげていた朱雀の君が
一瞬、言葉を詰まらせた。

何を言っても、揺るがないであろう信念を秘めた源仁の瞳は
深い色と光をたたえる。


小さくため息をついた朱雀の君の、何かを吹っ切れたように見せた微かな笑顔が
妙に清々しかった。


「・・・あいつは腹黒い。
 せいぜい気をつけることだな。」



身を翻して
色鮮やかな衣の重ねをはためかせながら
バトル会場に戻ろうとする。


その後ろ髪を捕まえる。


急な後ろ向きのベクトルに非難の声が上がると同時に
朱雀の君の身体は源仁に抱きとめられていた。

華奢ながらも凛々しい身体をきつく抱きしめて
上を向かせた顎に手を添えて、口付けた。


「んぅ!!?」

「朱雀の君も、気をつけるんだ。・・・お前を失いたくはない。」


一度離した唇を、何度も名残惜しそうについばむ。



「馬鹿・・を言うな。」


「今晩は、お前の部屋の鍵を開けておいてくれるか?」


「しるか・・・。」



半ば、強引に源仁の腕を振り払って
真っ赤な顔で唇をぬぐいながら歩を進める。

その後姿をしばらく見送って
源仁も会場へと戻った。




ガサガサガサ

その様子を影から伺っていた人影があったことに
誰も気付いていなかった。

2/8





決勝として用意された舞台で
ドラグーンを操る青龍の君と、ドランザーを操る朱雀の君が華々しく舞い

盛大な盛り上がりを見せた"貝独楽の宴"は厳かに幕を閉じた。



宴の後には毎回、小さな宴会が用意されている。
酒類もふんだんに用意されたその宴会は
ブレーダーたち(子どもたち)は参加を認められず、
数少ない大人のキャラクターたちの、集会の場となっていた。

今回は不参加のヴォルコフ左大臣を除いて、
大転寺右大臣と、木ノ宮祖父扮する末摘花の君。
玄武の君と父親、水原入道。(じゅでぃの上は玄武の君と供に帰っていった)
そして"頭中将役のブレーダーDJ"と、光源仁。


小さいながらに大人顔負けの知識を持っている、才延天皇を中心にして近況報告をする。


初めは真面目に、ベイブレードの開発の進度だとか、
今回の貝独楽の宴のどのブレーダーの技が素晴らしかったとか、の話をしているが

一通り話終わると、それぞれ好き勝手に話を始める。


と、いってもやはり同年代の方が話があうものだ。




右大臣と末摘花の君、水原入道が子どもたち(ブレーダーである姫君)の成長ぶりを
親馬鹿さながらに語り、

"頭中将役のブレーダーDJと、光源仁がたわいのない話を、

才延天皇にいたっては、貝独楽の宴でパソコンに納めたデータを整理している始末。


今日もいつもと同じように、各グループごとに分かれて盛り上がっていた・・・はずなのだが





「・・・(怒)。」


「・・・・;;(平謝り)」



"お土産"と称して、セルゲイ扮する鯨の君を、"頭中将役のブレーダーDJ"宅に
置き去りにした源仁(源仁物語5巻参照)



「・・ど・・どうだった?」


問いながらも、決して"頭中将役のブレーダーDJ"と目を合わせない源仁。

実のところ、笑いがとまらない。
でも鯨の君をおいて帰った以上、笑うわけにはいか・・にゃい。。。


貝独楽の試合中はイキイキしているように見えても
やはり間近で見ると、思っていた以上にやつれている。


「・・・『ひどい目にはあったけど、案外、悪くは無かったぜ。』

 そういえば、満足か!?!?」



怒り心頭のご様子。


「あっ、非道ぇ!人のセリフ、パクんなよ。」 (源仁物語3巻参照)


変なところに突っ込みを入れる源仁。



「俺のマイク型シューターの威力、その身をもって受けたいようだな。」


珍しくマジな様子で
これまた珍しくシューターを構える"頭中将役のブレーダーDJ"に


「"頭中将役のブレーダーDJ"がベイブレードをされるなんて珍しいですね!」


いつから聞いていたのか、才延天皇がパソコンのカメラを構えて、にじり寄っていた。


「・・・。」


「ま・・・まぁまぁ、才延天皇、これでもどうぞ。」


源仁が、自分が飲んでいた酒が入った湯のみを渡すと

今まで子どもだからという理由で、お預けをくらっていたアルコールに
才延天皇は興味津々、口を付けてみている。



その隙に、"頭中将役のブレーダーDJ"の肩に手をまわして、ぐっと引き寄せて


「で・・結局のところ、どうだったんだよ?」


と小声で尋ねると、観念したような"頭中将役のブレーダーDJ"が



「・・・ま・・まぁ。俺もな、年上としての・・威厳や・・その。。。」


言葉を濁す。

それを聞いて、満足そうに笑う源仁。


バンバンと"頭中将役のブレーダーDJ"の君と肩を叩いて

「今度は、二人で姫君探しにでかけよう」と計画を持ちかけた。



久方ぶりに聞いた"頭中将役のブレーダーDJ"の姫君との『浮いた話』

それが、鯨の君、だなんてな;爆笑!





ぼてっ!


再び湧き上がる笑いを"頭中将役のブレーダーDJ"から顔を背けながら押さえる源仁。

その背後で、派手に音が響いた。


そう、人が倒れるような・・・?



「キョ・・・才延の君・・じゃなくて、才延天皇!」


源仁の後ろには、真っ赤になって湯のみとパソコンごと倒れる
才延天皇の姿があった。

3/1





ジンジンジンジン


痺れる足をもてあましつつ
頭を垂れる。


ガミガミガミガミ


ただ今、お説教の真っ最中。



てっきり『未成年に酒をすすめた』という理由でだけ怒られるのかと思っていたら

長時間のそのお説教を通り越して


『天皇に自分が飲んでいた湯のみを差し出すなんて!』だなんて

なんともこの物語らしいお説教まで食らわせられる始末。


板の間での正座に悲鳴を上げる足も痛ければ

横からの「なんで俺まで」という"頭中将役のブレーダーDJ"の視線までもが痛い。


いつもは温和な大人たち。
実際に才延天皇と同じような年の子どもを持つからだろう
真っ赤になって倒れた才延天皇を見た、水原入道が怒った。

末摘花・・・じっちゃんも、ここぞとばかり怒ってる。
いつもは研究旅行ばかりで、怒ろうにも怒れないから;;


何が悲しいって、この年になってまで板の間で正座なんてなぁ・・・
どうせなら一発ガツンと殴られて・・・
いやいや、俺はこの物語の主人公。
殴られて頬が腫れてしまっては、格好もつかないではないか!

そんなことを考えているうちに、気が付くと説教は終わっていた。


酔いの延長ですっかり寝に入っている才延天皇を寝所に運ぶように
と、言われて
その小さな身体を抱き上げる。 


起こさないように静かに部屋を出て行く源仁を見て
大人たちも満足したようだ。
再び酒を酌み交わし始めた。

暗い廊下を通って、パソコンの機器だらけの才延天皇の部屋にたどり着く。

この年でこれだけの機器を使いこなし、ベイを開発しているのだから対したものだ

そっとその身体を布団に横たえると
何かを求めるように、手を動かす。

・・・?

何を探しているのだろう?と辺りを見回して
才延天皇を運ぶときに一緒に小脇に抱えてきたノートパソコンの存在に思い当たる。

そっと無意識の手に握らせてやると
夢の中にもかかわらず満足そうに、軽く微笑んだ。

それを見て、源仁の頬も緩む。

計り知れないベイブレードの知識を持っていたって
天皇として、国を治めていたって
まだまだ子どもなのだ。

頭に乗せているトレードマークのめがねをそっとはずして

その額に軽く口付けを落とした。

くすぐったそうに動く才延天皇に
きちんと布団をかけて、静かに部屋を出た。


月が鈍く辺りを照らす。

そろそろ朱雀の君のところに出向こうか。

大人たちのトコロに戻り、退席する旨を告げて

牛車に乗り込んだ。

3/8





「俺の屋敷ではなく・・・朱雀のところへ頼むよ。」


牛車の中で、首元をくつろげて、従者に一声と、牛車はゆっくりと動き出した。



ガラガラガラガラ


宴会で酌み交わしたお酒の酔いを醒まそうと
牛車の窓を少し開ける。

涼しい風が入ってきた。
夏を目前に控えた、湿気を含んだ空気。
それでもアルコールで火照る身体に心地よい。


暑くなって、外に居づらくなる前に、
朱雀を外へと連れ出そうか


そんなことを考えながら、身支度を整えた。


長時間、正座させられていた足を伸ばして
座り皺を気にしてみる。
しかし、家に帰らず、そのまま朱雀の君の屋敷へと直行しているのだ

少々の無礼は許してもらおう。



ガラガラガラ



お土産は、才延天皇ご自慢の庭から
一茎だけ拝借してきた、アヤメの花。


英国で高貴の象徴だというアヤメ。
きっと、あいつによく映える。
花なんか贈りやがって、という、いつもの憎まれグチも叩かせない。

甘い言葉を囁いて、
少し照れたように視線を外したところで、そっとその唇を奪ってやる。





ガラガラガラガラガラガラガラ


・・・?


ガラガラガ〜ラガラ



・・・なんか、いつもより牛車の速度が遅くないか?



「おい、やけに時間がかかっていないか?」


「そうですか?」



ガ〜ラガ〜ラガラガラ



「夜が明けてしまう。
 もっとスピードを上げてくれ。」


「そんなことを言われても、制限速度いっぱいいっぱいなんです。」



牛車に制限速度なんかあるものなのか!?


源仁は負けじと、突っ込もうとしたが


「きっと、少しでも早く朱雀の君にお会いしたいあまり
 時間のたつのが遅く感じられるのですよ。」


そう言われたら、そのような気もする。

最もなセリフでおとなしく納得してしまう。


でもなんかすごくゆっくりと進んでいるように思えるけどな?




ガクン!


急に牛車が止まった。
不安定な体勢でいたために、腰を思いっきり側面にぶつけた。


「何事だ?!」

賊にでも襲われたのだろうか?と牛車から慌てて外を見ると


そこには、縛られた源仁の従者が。


その横で悠々と手綱を握る、見知らぬ少年。



「お待たせしました、光源仁殿。
 やっと到着しましたよ。」


その少年の見上げる先。


京のまちに高くそびえ立つことで、有名な
ヴォルコフ左大臣の屋敷。
BEGA本部のビルが建っていた。

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