〜源仁物語5巻





ガラガラガラガラ

ひんやりとした空気を、牛車の進む音が揺るがした。
日もすでに暮れてきっていて、夜の闇があたりを覆っていた。
深い霧が立ち込めていて、一寸先もままならない。


「一体、ここはどこなのだろう?」


牛車から顔を出した青年はそう、この物語の主人公、光源仁だった。


「光様、すみません。
道に迷ってしまったようです。」


心底すまなさそうな顔で頭を下げる従者に
この霧では仕方がない、と声をかける。

もともとすぐに屋敷に帰ろうとする牛車を
一晩、末摘花の君(木ノ宮祖父)と飲みあかしてフラフラな源仁が
酔い冷ましの気分転換に違う道を通って帰ろうと提案したのが原因だ。



やけに気温が低いな。


今はまだ春から夏へ季節が移り変わろうとしているころなのに、
息が白くなりそうなほどの寒さ。
思わず背筋が丸くなる。

山奥なのだろうか。
京のまちではあまり耳にしない鳥の鳴き声が聞こえる。
白虎の君の庭にでも迷い込んだのだろうか

参ったな、このまま闇雲に突き進んで
牛が動かなくなっても厄介だ。



だいぶアルコールが抜けて、楽になった身体で牛車から降りた。
供のものと手探りで周りを見渡す。

そんな時、遠く、まだ小さくだが
山あいに屋敷のものだと思われる灯りが見えた。


「助かった!あそこへ行ってみよう!」

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ガラガラと暫く進むとやっと灯りが大きくなってきた。
それに伴い、気温がどんどん低くなっている。

やっと屋敷の門にたどり着き


「道に迷ったので一晩、厄介になりたい。」


と門を叩くと、大きな扉がゆっくりと開いた。


門をくぐると、一般的な木造の寝殿造りではなく
重厚な石造りの屋敷が建っていた。



「これは・・・銀狼の君の屋敷か・・・!!!」


露西亜とかいう地方の血を引いているという銀狼の君は
とても暑がりだと噂で聞いている。

それならばこの氷室の中のような気温も頷ける。

部屋に通されると、中の造りは普通のものだった。
しかし寒がる源仁のためか、夏に近いというのに火鉢が用意されている。


「いや、これは助かるな。」


源仁がホクホクと暖をとっていると
屋敷の奥から銀狼の君が現れた。


「我が屋敷に客人とは珍しい。
 誰かと思えば、木ノ宮の兄か。」

その声で振り返る源仁に瞳に、紅髪の姫君が映った。


「銀狼の君・・・。」


初めて見る銀狼の君は肌が透き通るように白かった。
目元などは白すぎて、青ざめているようにも見える。


こりゃ、俺が暖めてやらないとな!!♪


「突然、すまない。・・・道に迷ったんだ。」


「ここにくる奴らは皆一様にそう言う。」


そんなに入り組んだところにこの屋敷は建っているのだろうか;
まぁ、京のまち中ではこんな気温は維持できないであろう。


なんにせよ、源仁は此処にたどり着いた。
そう、源仁はこの世界の輝く主人公で、
ユーリ扮する銀狼の君は、麗しい(?)姫役なのだ。


これは運命に違いない。
そして、その運命の女神は俺に微笑みかけているんだ!


小さくガッツポーズをする源仁を不思議そうに銀狼の君が眺めていた。

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火鉢にあたっていてもやはり寒いものは寒い。

ガタガタと震える源仁を見て、銀狼の君が
「風呂に入るか?」と声をかける。
源仁が頷くとすかさず、召使が湯殿の支度を始めた。


源仁はそれを横目で確認して、よいしょっと銀狼の君を抱きかかえた。


「・・・木ノ・・宮!?」


慌てながらも、鋭い視線を源仁へと向ける銀狼の君に


「やっぱり、ほら。銀狼の君の身体も冷え切っている。」


有無を言わさず、風呂場へ連れて行った。
必死で退きとめようとする銀狼の君の召使もなんのその。

銀狼の君が妖怪化する前にさっさと着物を引っ剥がして
浴槽に放り込んだ。



「ぶっ・・・・何を!?」


「俺たちがお互いを暖めあえば・・・それ以上に温まることなんてないだろ?」



ほらほら姫役、観念しろ。と


俺は別に寒くない!と言いながら上がろうとする銀狼の君の肩をつかむ。
そのまま、体重をかけて肩までお湯に浸からせる。
額に、こめかみに口付けた。
銀狼の君が一瞬、驚いたようにビクリと震えた。


「なぁ・・・・銀狼の君の肌の色。
 真珠のように白かったけど、ほんのり桜色になっているのは・・・温まってきたから?
 それとも・・・?」


そっと耳元に囁いて、思い切り抱きしめた。
白く湯気が充満する湯殿で
ほのかに銀狼の君の瞳が光っている気もするが、
そこで屈してはならぬ。
是が非でも、妖怪化する前に快感におとしてしまわないと・・・・



空間を荒い呼吸が支配した。

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「もぅ、帰るのか?」

「あぁ、夜も明けるしな。」


行為の後、銀狼の君の部屋に移動して朝を待った。
といってもあっという間だったのだが。


こんな会話、まさに恋人同士のようではないか。

いつもは触覚がユラユラと、後ろ髪は逆立ててアップにしている銀狼の君。
源仁がなんども抱き寄せ、指に絡ませたため髪は乱れてた。
その赤い髪をしっかり記憶にとどめるように眺める。

半身を起こした体勢で源仁を見あげる銀狼の君に
「そのままでもう少し休めばいい。」と言ったのだが、
銀狼の君はよいしょと言わんばかりに起き上がり


「ちょっと待っていろ。」

と隣の部屋に消えた。



「?」



バンっと勢いよく閉められたふすまの向こうから聞こえる
銀狼の君の声と奇妙な音。



ズポッ!
ガサガサガサガサ


「よし。」


ガタッガッタッ!


「貴様!大人しくしておれ!
 ノーヴァェローーーーグ!!!!」



ギャーーーーーーー



ドス
ガサガサガサガサ


「ふぅ。よしっ!」


ズズズズズズ





「待たせたな。」


再び勢いよくふすまが開いて
聞き耳を立てなくとも、嫌でも聞こえてくる、
もしかして聞かない方が身のためなのでは?と思える音たちに
耳を澄ませていた源仁は
慌てて銀狼の君に向き直った。


少し衣が乱れた銀狼の君の後ろにあったのは
"大きな箱"と"小さな箱"が一つずつ。

いや、"巨大な葛篭(つづら)"と"そこそこ大きな葛篭"が一つずつ。


「土産だ。どちらかを選ぶがいい。」


銀狼の君が極悪な笑みを浮かべて源仁に歩み寄る。



「俺に・・・くれる・・と?」


「あぁ、早く選べ。」


(とても)大きな葛篭に(一つ目よりは)小さな葛篭。

舌切り雀じゃあるまいし・・・・

なんとなく、来日しているブレーダー扮する姫君がたは
源氏物語を・・いやこの源仁物語の趣旨を理解していない気がする。。。



「どうせもらえるなら・・銀狼の君がいいなぁ。」

そう呟いたときだった。



ガタッ!

小さい方の葛篭が動いた。


やっぱり生物(ナマモノ)が入ってる!?


源仁の頭の中で危険を知らせる非常音が鳴り響く。


ガコッ!!!


ガタガタと暴れた挙句、葛篭のふたが持ち上がって
中から冷や汗をかいたボリス・・・扮する、鷲の君が顔を出した。



やっぱりーーーー;;

青ざめる源仁とチッと舌打ちする銀狼の君。



「中身が見えてしまっては仕方が無いな。
 こっちを持って帰れ。」



小さい葛篭の開く音に呼応するようにゴソゴソと音を立て始めた大きな葛篭が
ぐるぐると綱を巻かれ、中からは開かないように封印されると
源仁の方へと押し出された。


も・・もしかしなくても・・鯨の君が入ってるんだろうなぁ;涙


せっせと源仁の牛車に積み込まれるでかい葛篭を見て、源仁はため息を押し殺した。


「・・・おじゃまいたしました。」


ガラガラガラガラ
源仁の牛車が立ち去った後、
銀狼の君の屋敷には、冷たい笑顔の銀狼の君と
それに怯える鷲の君だけがのこった。

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ガラガラ ガタンッ!

ガラガラ ガタ!ガタン!!!


通りすがる人々は牛車から聞こえてくる音に眉をひそめた。


「「「・・・(汗)」」」

「あー・・そうだな!
 そこを右へ曲がってくれないか。」


牛車を運転する従者に話しかける。


「・・・源仁様。この道は・・・」

言われたとおり右に曲がりながら、
源仁の意図を感じ取った従者が不安げに振り向く。

源仁は牛車の半分以上を占領しているどでかい葛篭を見て
あらためてため息をついた。


「いいんだ。俺が責任を持つ。
 行ってくれ。」




ガラガラ ガタガタ


通いなれた道で、よく知った門を叩く。

「光様。よくいらっしゃいました。」


門から顔を覗かせた、知った顔の召使に挨拶をして
「あいつは?」と聞くと
「お部屋におられます。」と通してくれた。


よいしょ・・・と5人がかりで葛篭を抱えて
よく知ったあいつ、
親友であり、よき悪友の"頭中将役のブレーダーDJ"の部屋に入る。



「じゃまするぞ。」


「お!源仁、急な訪問だなんてどうしたんだ?」


縁側に座っていた頭中将役のブレーダーDJが振り返った。

彼はマイク型のシューターの手入れをしていた。
ただ、それがシューターの手入れなのか、マイクの手入れなのかは分からなかったが。


「あぁ・・いつも世話になっている礼をちょっとな・・・。」

「おい、礼だなんて水臭いじゃないか。」


葛篭をそっと置いて、召使たちを下がらせた。
鼻歌交じりにシューターを磨く頭中将役のブレーダーDJの横に座る。



「一昨日は・・・末摘花の君の屋敷に行ったんだって?
 お前が足腰立たずにフラフラで屋敷から出てきたって巷の噂ではもちきりだ。
 よっぽど良かったのか?」


たたみかけるような頭中将役のブレーダーDJに
源仁が真っ青になる。


「冗談じゃない!
 あれは姫と一晩中、酒を酌み交わして酔ってたからであって・・・」


通称、末摘花の君とは、木ノ宮祖父のこと。
間違って、そんな噂は勘弁だった。


「またまたぁ。
 お前と姫君が二人っきりで一晩。何も起こらないわけがないだろ。」


信じ込んで、疑いもしない頭中将役のブレーダーDJ。
親友の彼でさえこうなのだから、他の人なんか・・・

源仁はひっそり涙を飲んだ。

いつまでもこの話題でも痛いばかりだ。
早く話題を変えなければ・・・・



「・・・ヴォルコフ左大臣の動きはどうだ?」


源仁のトーンを押さえた声に、
頭中将役のブレーダーDJが手の中のマイク型シューターをぎりっと握り締めた。


「相変わらずだ。 
 ・・・だがなにか胸騒ぎがするんだ。

 俺は・・・ブレーダーDJとして存在しなければならない。
 それが俺のさだめであり、人生であり、存在意義なんだ・・・」


「あぁ・・分かるさ。」


源仁の呟きを聞いて、頭中将役のブレーダーDJは言葉を続ける。


「もし・・ベイブレード界が左大臣に・・・・
 この才延天皇の政権が揺らぐようなことがあれば・・・・」


それは思っても口には出してはいけない、と
源仁が頭中将役のブレーダーDJを戒めようとしたときだった。



ガタン!!!


葛篭がひときわ大きな音をたてた。

「な・・・なんだ!?」

頭中将役のブレーダーDJが慌てて振り返る。


鯨の君め・・・・出してやるから暫くおとなしくしていろと言ったはずなのに・・・
でも、まぁヴォルコフ左大臣の話題に反応してしまうのは仕方がないのかもしれないな


頭中将役のブレーダーDJが葛篭と源仁を交互に見る。
頭を抱えて、頭中将役のブレーダーDJと目が合わないように視線を泳がせた。


駄目だ、駄目だ。
こんなトコロで油を売っていたら
頭中将役のブレーダーDJに中身を気付かれてしまう。



「と、いうわけだ。」

何が、というわけなんだ?という頭中将役のブレーダーDJの声を無視して
立ち上がる。

パタパタと足早に玄関へと向かう源仁に
頭中将役のブレーダーDJが並んで歩きながら、何が、というわけなんだ?と
なおも問いかける。


「さっきの話だが・・・・
 もしもベイブレード界に何かが起これば・・・その時は
 俺も・・・・身の振り方は考えているさ。」


急に立ち止まった源仁の言葉に
頭中将役のブレーダーDJも真剣な顔をして頷いた。



「お互い、検討を祈ろう。」


「あぁ・・後を頼む。」

源仁が右手を出して、告げると
頭中将役のブレーダーDJも固くそれの手を握った。





鯨の君を・・・頼む。

やっぱりそうは言えなかった。

帰りの牛車の中で、源仁が悲痛な顔をして思う。
その瞬間後の、どうしても堪えきらない笑い。


・・・頭中将役のブレーダーDJは、仕事仕事と忙しそうで
女人との噂もさっぱり聞かないから
たまには、鯨の君と戯れてもらうのも、いいかもしれない。
きっといい気分転換になるさ;爆笑



ただ、"検討を祈る"のは本心。
最近の、ヴォルコフ左大臣の不穏な動きには源仁も気付いている。
こりゃ、本当になにかが起こるのかもしれない。


後方より遠く小さく聞こえてきた
よく知った親友の悲鳴を
源仁と従者・・・牛は空耳だろうと聞き流した。

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