あなたと生きていけるのなら
この翼だって
ツバサ
バタバタバタバタ
一際強い風が吹いて、屋上いっぱいに干されたシーツが真白な畝を作り出していた。
普段は人が日光浴を楽しむであろう、その空間も
日差しが強すぎる午後2時の晴天の下では、ひっそりと時間がすぎていくのみ。
「や〜っぱりここにいたのか。」
シーツの波をかいくぐり、タカオはやっと落下防止のフェンスに沿って立つカイを見つけた。
病室を訪ねたら、もぬけの空だったから
「傷の具合はどうなんだよ。もうバトル、できるんだろう?」
振り向いたカイの顔をかつて覆っていたグルグル巻きの包帯も、今ではかなり簡易化されている。
「こんな傷ごとき、何ともない。
まわりが大げさにしすぎているだけだ。」
至極退屈そうに言い放つカイの瞳がくるり輝き、
過保護すぎる大人たちを思い出したのか、口元が不服そうに歪められた。
「貴様こそ、ちょっと太ったんじゃないのか?とぼけた面しやがって。」
カイの容赦ない当たり散らしに、タカオが「うへぇ」と舌をだした。
相変わらず可愛くねぇなぁ…という呟きはすぐに風にさらわれる。
「カイも変わんねぇよな。」
タカオがチラリと横を見ると、カイは憮然とした顔で正面を、青く広がる空を見ている。
「高いところが好きなところとか。」
付け加えると、カイの口がゆっくりと動いた。
「高いところに立って世界を見渡すと…」
言葉を選んでいるのか、いい淀む。
ともに続く言葉を探していたタカオが
「分かった!世界征服がしたくなるんだろう!」
ポンっと手を打つ。
いたずらを成し遂げたような、得意気な顔をする。
「バカめ。」
絶対そうだと思ったんだけどなぁ。
カイの否定が信じられず、タカオは片頬を膨らませた。
「お前はどうなんだ?
同じ景色を・・・眺めたいとは思わないのか?」
同じ景色?
タカオが素直に頭をひねる。
カイの視線はそのまま高く高くあげられる。
フェンスにつかまり、ぐぅっと躯を後ろに反らせる。
カイの傷を気にしながらも、タカオもそれに倣った。
ぐぅぅと見上げた空は高くて高くて、そして眩しかった。
降り注ぐ光に思わず目を細めた瞬間、今までもこうして空を見上げた記憶があることに思い当たる。
それはそう、バトル中、己のベイブレードから立ち上がる聖獣を見上げたあの日――
「同じ気持ちって…朱雀、と?」
不自然な体勢のまま、顔だけをカイに向けるが、カイは上を向いたままだ。
そうか・・・タカオは考える。
激戦の後、砕け散ったと聞いている、彼の相棒の姿を思い出す。
しばらく考えて、コホンと小さな咳払いをしてみせた。
「景色、かどうかは分からないけど。同じ気持ちではいるだろう?」
沈黙を動かそうと、タカオが振りをつけて元の体勢に戻った。
カシャン
フェンスが音をたてた。
「・・・当たり前のことを言っていると思ってるだろう。」
不満そうに付け加えられた一言に、カイがゆっくりと口元だけで笑った。
それでも俺には、
朱雀がお前の肩に止まっているように見えたことがあるぜ。
肩に止まる…と言うよりは寄り添って2人、1羽の大きな鳥みたいに。
「朱雀はカイの、ツバサなんだな。」
面食らったカイがタカオの顔と手の中のドランザーを変わるがわる見比べた。
今度こそは確信をついた、とタカオがしてやったりとにんまり笑った。
「なんだよ、カイ。さては分かってなかったな?
俺にはずっと、見えてたぜ。」
そ・・・うなんだろうか。
バトルに勝ったあとは背中が軽い。
心の底から舞い上がるような高揚感と満足感が湧き上がり、いつもより少し視界が広がる気がする。
朱雀もあの世界を見ていたのだろうか
なぁ、カイ
だからきっと
カイは朱雀と同じ鼓動を感じることができているさ
高く長い鳴き声を放ちながら、ぐぅーんと空に昇っていく姿は
地面にはりつけられている俺には神々しくて
同時に
懸命に手を伸ばしても届かない、置いてけぼりにされたような気持ちになったんだ。
対ブルックリン戦で、他のことは何も考えられなくて
ただ勝つことだけしか考えられなくても、確かに
通いあう鼓動を感じたから
傍らに暖かい存在を感じることができたから
俺はあの最後の崖を越えることができた
驚きの表情で、硬直し
そのまま細かく震えるカイの瞳が、水で光るのを、タカオは気付かないふりをした。
「早く退院しろよ。で、バトルしようぜ!」
「俺はもう何ともない。」
痛みを負っているのは俺ではない。
その目元に強い生命の色が光を取り戻す。
何ともなくないのはこいつの方だ
そんな言葉が続きそうな表情でカイがドランザーの砕けた欠片を握りしめた。
「あぁ、忘れてた!!!」
突然、素っ頓狂な声を上げたタカオに、今度こそカイが怪訝な顔をする。
キョロキョロと回りを確認し、バタバタと暴れてみせる。
とうとう頭のネジが飛んだか、そうカイが口にしようとしたところで、
「『新ドランザーの試作品ができているから、カイを呼んできてください』って、
キョウジュに頼まれててさ。キョウジュ、病室で待ってるんだった。」
へへへっと人差し指で鼻をかきながらタカオが笑った。
「ほら、早く『帰ろう』ぜ、あの場所へ。」
一瞬、タカオの言葉を理解するのに、時間をかけたカイが、我を取り戻し。
「バカ野郎!そんな大事なことを忘れるな!」
その怒声につられて走り出したタカオの後を追って、カイも走り出した。
屋上から降りる階段の手前。カイは立ち止まって、振り返り、
その空の青さを今一度目の奥に焼き付けた。
あなたと生きていけるのなら
この翼なんて、惜しくはない
たとえこの身が砕け散ろうとも
そういう潔さをもって
この身をあなたに捧げたい
あなたと一緒ならもっともっと広い世界が眺められると思うから
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