サクラ便り
『4月△日 メロンパンみたいなお月様
各地でサクラが花開き、外でくつろげるほどに暖かくなった。冬が終わる。
寒さはやはり中国の方が厳しいから俺にはなんの苦もない冬だけど、
少しでも目を離せば薄着で歩き回るカイが風邪をひかなくて良かった。
こんなお月様の日は、夜に外を歩くのが気持ちいい。昼間、カイに会えない日。
夜にこっそりカイの部屋の窓を叩くのが習慣になった。
コツコツと叩いた後、2呼吸ほど置いて「カイ?」と声をかけると、そっと窓が開けられる。
音をたてないように中に入って、スルリ、カイの布団に滑り込む。カイの夢に、潜り込む。
こんにゃ遅くなるな…と重力に逆らえず枕に頭を沈めて小さく呟くカイは、知らない。
半分寝ぼけたカイがこんなに可愛らしいだなんて。訪れる時間もだんだん遅くなるってもんだ。 』
『4月□日 雲があって霞む月がとろろ芋を黄身にかけたようでいい
急に冷え込んだ。日本ではこれを「花冷」と言うそうだ。
せっかく花開いたサクラに悪くないのだろか。
サクラはいい。
淡い色、夜空にぼんやりと浮かび上がる白さは、床で月明かりの下に輝くカイみたいだ。
夜毎に俺の下で狂い咲くカイはこの世のものではないようで綺麗だ。
匂いたつ香りと色気はカイのほうが勝っている。
それにカイはその白い肌に花びらのような跡を散らすことができる。
数日で消えてしまう跡だがその儚さもまたいい。
カイに何かお土産がやりたくて、辺りを見渡す。
生きている花を手折るのは忍びない。
何か良いものはないか?公園の横を通りかかったとき、
花がついたまま地面に身を横たえている小枝 を見つけた。
酔っぱらいが折ったのだろうか。取り残されたようなそれを拾い上げて土を払った。 』
『4月◎日 今日は月がでていない。どんよりした夜は・・・
イカ墨パスタみたいでいいかも。そういう日もある。
昼から雨が降った。ひんやりした空気、草にたまった雨露がズボンにしみる。
コツンとカイの部屋の窓をノックした。しばらく待つが返事はない。
いつもと変わらぬ時間なのにおかしい。
寝入っているのか?でもカイは神経質なほどすくに眠りからさめるから。
ガラス越しにのぞいた部屋は人気がなかった。
ガラスが冷たい。寒い。どこへ行ったんだ?
何か事件が起こった慌ただしさはない。辺りを見回す。
ザザザと風が吹いた。耳をすませ風の音を聞く。
火渡邸の風は素直だ。カイの行方を教えてくれる。
風にカイの気配が混じっていて、そっちに足を向ける。
カイがいた。またこの人は、自分の綺麗さを分かっていない。
舞散るサクラの木の下に立っているなんて。
これで月が出ていれば言うことがないのになぁ。
でもこの綺麗さは伝説になる。知らずに生唾を飲み込んでいた。
サクラの木から滴る雨露がカイの上に注がれて、また一房、カイの前髪が濡れた。
上を、木の下を見上げていたカイが手をのばして、散り降る花びらを捕まえる。
枝から解放された花びらがひらり、白さを宙に投げ出して。
闇夜に浮かぶカイの肌色に同化した。
カイの身体は、舞い落ちた無数のサクラの花びらで成っているのではないか。
いや、彼はカイでなくサクラの精ではないのか。
気づくと手を伸ばせば届くところまで近寄っていて。
触れると散り消えるかもしれないという確信と、
カイを捕まえないと俺がガラクタになってしまいそうな恐怖で必死にカイを捕まえた。
さわるとヒンヤリした肌が花びらに似て。
ペイントがない素直な頬を両手で包み込んだら、暖かい、とカイが笑った。
風邪をひくぞ、と怒った。小言はいらんとカイが少し頬を膨らませた。
そのままカイと並んで見上げたサクラを、きっとずっと忘れない。
そのままサクラの木に抱きつくようにして、俺を受け入れてくれたカイはすごく扇状的だった。
声を出さないように、なんて無駄な努力しなくていいのに。
あまりにもカイがサクラの木にすがるから、木に嫉妬しちゃったのは内緒。 』
「…何を書いているんだ?」
急に頭上から声がして、テーブルにかじりついていたレイが慌てて顔をあげた。
「カ…カイ!いつからそこに?」
急いでノートを閉じる。
「いつからって・・・何を慌てているんだ?変な奴だな。・・・。」
カイの目が不振なものを見るように細められた。
「・・・見せろ。」
レイは平静を装おうとするが、ぎこちなさは隠せない。
レイの手が必死と握るノートにカイの手は伸びてくる。
「こ・・これは、その・・・」
「何か疚(やま)しいところがあるんじゃないのか?」
見せたら絶対怒られる。
そんな予感がありありとして、必死の抵抗を行うも虚しく
ノートはカイの手の中に落ち着いた。
どれどれ、カイが興味深そうにのぞき込む。
珍しいことにワクワクしているようにも見える。
「・・・何だ?これは・・・」
沈黙の間のカイの声に怒りが含まれてなくて、
殴られることを覚悟して部屋の隅で小さく丸くなっていたレイが顔をあげる。
そこで、はたとレイは気がつく。
そういえば俺は、中国語で書いたんだっけ
「日記だよ。」
内容は理解されないと気づき、レイが応えた。
日記、と聞いて「それならそうと言え。人の日記をのぞき見る悪趣味なまねはしない。」
カイがすまなさそうに言った。
「いや、いいさ。カイが俺のしてることに興味を持ってくれて嬉しい。」
ここまで言ったらいいすぎだろうか。
でもカイの頬がほのかに赤くなったのが分かって、レイは嬉しさを隠せなかった。
「でもな、レイ。」
ほのかに上がるカイの目じり。
「日本人は漢字を使うだろう。中国語も何となく読みとれることを覚えておくんだな。」
言い終わるか、終わらないか。
レイの頭に一発の鉄拳が入り、こんなものを人に見られたらどうするつもりだ、と
ノートを没収するカイがいた。
後には
押し花にされたサクラの花びらがヒラリ
ノートからこぼれ落ち
楽しそうに舞っているばかり
お久しぶりのレイカイ文です。ありふれた「さくら」ネタです。
毎年、春になるとなんらかの形でサクラに関係しているものを書いている気がします。
去年の春は・・コピー本でしたけど。
サクラ、すっごく好きです。日本の春ってステキだなぁとしみじみ毎年思います。
今年はお花見が2回もできたからすっごくハッピーでした♪
何パターンかオチのつけ方を考えていたのですが、・・・この終わり方で本当に良かったのだろうか。
ちなみにこれを書いている間の仮タイトルは「三日坊主」でした(笑。
普段は仮タイトルなんてつけないのですがね。
日記の醍醐味は三日坊主ではないか、と(ぇ。
初めはこの話、裏ネタで考えていたんです。
でも表に回すことにして、それでもちょっと・・・・と裏要素を入れて。
もうちょっと頑張れれば、これの別バージョンができあがるかもしれません。・・・全力をつくします。
では、ここまで読んでくださってありがとうございました。
2005.4.21