雨の空色
ポツン
ポチャン
ポッチャン
ペタ
ヒタヒタ
コポコポコポ
暗くなった部屋で
ぼんやりと浮びあがる熱帯魚の庭園。
分厚い透明な仕切りの向こうが世界の終わりのような闇に包まれていても
何の支障をきたすわけでもないのに
ゆらりと人影がそのひんやりとしたガラス前に近付くと
色とりどりな体を揺らして、さっと群れを散らす。
青白い水槽内の電燈に捕らわれながら
コポコポという水槽内に空気を送り出す音に耳を傾けた次の瞬間、
ガラドコドラガシャーーン
するどい閃光とともに
部屋の中の家具が浮かび上がり、
次いでガラスの反射の中に
惨めなほど、ずぶ濡れの自身を見つけた。
あぁ、さっきのは雷だったのか
そう、今日は夕刻から雨が降り出したんだった。
家路につく子どもたちを急かすように暗黒色の雲が忍び寄り、
遊び足りないと不満そうな表情を少しでも見せる子どもを
捕らえようとでもするかのような足早な雨粒。
あっという間にこの、見渡す限りの世界を
雨水のダンス舞台に塗り替えて、大袈裟なほどの不調和音が世界を満たした。
いつものようにベイの練習に出かけた。
いつものメンバーでいつもの川原で、
飽きることなく続くベイバトルに集中していたら
夕日が傾きかけてレイの腹時計がぐぅとなって、
あっという間の一日が終わった。
明日の約束を特にするわけでもなく、
家の方向別にバラバラと皆別れて
カイはまっすぐマンションへと帰る道を進んだ。
「今日のカイのあの切り返しが良かったネ!」と
弾む声のマックスと数本前の路地で別れて、
薄暗くなる空色を見上げ、顔に降り落ちてきた一滴の水。
そんなときに行き当たった曲がり角。
ゴロゴロと音を立て始めた鈍雲に、目の前の二つの選択肢。
一瞬、頭の中に休止符をいれて、気の向くまま右の道を選んだ。
走り走ってやっと着いたおんぼろアパート。
見慣れたベランダに目を走らせるも、部屋の中は薄暗い。
干された少量の洗濯物が雨交じりの風に寂しげに揺れていた。
まだ帰ってないのか、といつもより遅い時間にいぶかしみながら記憶をたどれば
今日は仕事のメンバーの送迎会か何かで
帰りが遅くなると言っていたことを思い出す。
遅くなるのに、洗濯物を干していったのかと苦笑しつつ屋根の下の駆け込んだ。
遅くなると言っていたことを忘れて、
雨の中、わざわざマンションよりも遠いここまでやってきた自分に戸惑った。
ギシギシと音をたてる階段を登って
案の定、閉まっている鍵を開けるべく、使い古された植木鉢の下を探る。
無用心だから合鍵を作れ、と散々言ってきたのだが
この部屋の住人は「そのうちに」と言って、ここに鍵を置き続ける。
カイが鍵を持っていないときでも、どんな急なときでも
いつでもこの部屋に入れるように、と。
「俺が持ち歩いてその辺に落としても困るしな!」と
そんなことは滅多に有りはしないだろうに
笑いながら付け加える言葉が仁らしかった。
ガチャリと重い鍵を回して、部屋に足を踏み入れた。
ひんやりとした空気はきっと雨のせいだけじゃないのだろう。
薄暗い部屋はあまりにもがらんどうで
カイは散らかる荷物を踏まないように気をつけながら
電灯の紐を数度引っ張った。
物干しで揺れている洗濯物のシャツを救出する。
今朝、家を出るときにでも慌てていて躓いたのだろうか、
積み重ねてあったはずの研究書が雪崩を起こしていて、
それを積み直したら、案外すっきりした仁の部屋。
他にすることも特になかった。
濡れた衣服から徐々に体温が奪われているのに気付いて
タオルを持ってきてガシガシと拭いた。
さて、これからどうしようか。
自分のマンションに帰ったからと言って
何があるわけでもない。でもここにいてもすることがない。
安いアパート、狭い部屋。
それでもいつも二人でいる空間は、今は広すぎる。
やけに寒く感じるのは、この部屋の主がいないからじゃなくて
きっと、仁のおせっかいがないからだ。
風邪を引いちゃいけないから、と熱い湯を湛えた風呂場に押し込まれたり
ドライヤーの熱に追い回されたり。
淹れたてのコーヒーとか、
カイを包み込んだ大きなバスタオルごと抱きしめる腕とか。
なんだ、
俺の周りは実はとても騒がしかったんだ。暖かかったんだ。
ガタンバタン!
雨音しかなかった世界で、ドカドカと廊下が悲鳴を上げた。
カイが勢いよく玄関の扉を開けると、先ほどの悲鳴がまだ響くそこに
ゴンッという鈍い音が一つ追加された。
「痛っつぅ・・・・ひどいな。
もっと静かに・・いや、誰かを確認してから開けないと・・・。」
「フン。これくらい避けられんお前が悪い。」
一通りの挨拶を交わした後
「カイ!!?」
いい年をした大人があられもなく叫ぶ。
「・・・なんだ。」
「おっ前・・いつからいたんだ!?
俺、カイのマンションまで行ったんだぞ!」
顔に伝わる雨雫をぬぐうことも忘れて
目の前にいるカイが幻ではないかと目を凝らす。
「・・・貴様こそ・・送迎会とやらはどうした。」
えっと・・と急にもごもごと口ごもる仁を
カイが怪訝そうな顔で見上げる。
降りだした雨。どんどん強くなっていって
広がった雨雲は雷さえ孕んでいて。
こんな雷雨くらいで怖がって泣き喚く少年なんかでは
決してないけれど、
晴れてる日も曇りの日もそうだけど、やっぱりこんな日は
カイをこの腕の中に抱きしめていたかったんだ。
仁の右手がカイの頬に軽く触れた。
冷たいと感じた指はすぐに熱い熱を孕んだ暖かさに変わり
カイを包む空気の温度をまた一度、上げた。
マンションのカイの部屋に飛び込んで、
予想外に誰もいない空間で、熱帯魚の水槽だけが生きていた。
ぼんやりと水槽を見ていた夕闇の中、突如落ちだした雷群。
こんなところで油を売っている暇はない。カイを探しにいかなくては。
マンションにいないなんて・・・他にどこにいるのだろうか。
あぁ、この部屋のどこに傘が置いてあるんだっけ?
あぁ、でももうびしょぬれなんだ。
これ以上、何が濡れるというのだろう。
早く、早く、と急かす心でまた雨の下の飛び出した。
今から思うと、ベイの練習途中で雨が降り出したまま
道場に留まっている、とか考えようはいくらでもあるのにな。
なぜかカイを探さなきゃと思ったんだ。
「悪い、カイまで濡れちまうな。」
惜しむことなく落ちる、空色の仁の髪からの水滴。
水分のたっぷり含んでキラリとひかるそれが、カイの首筋に埋もれた。
「シャワーを浴びて温まって来い、冷えすぎた。」
「なぁ、カイ、このまま、二人でずぶぬれになっちまわないか?」
そうだな
お前と一緒に居れば
ずぶ濡れでも、暖かくてたまらないのかもしれない。
そんなことを不用意に考えてしまった自分が照れくさくて
また、軽々しくそんなことを口にする仁が小憎たらしくて、カイは
赤くなる顔を背けて浴室へと誘う仁の手を取った。
話が前後していてちょっと読みにくいですね。前後も擦るわ、ころころ変わるわ;;
雰囲気が分かってもらえたら嬉しいなぁ。。。
10月の終わりに上京した日から、仁カイに頭を洗脳されつついます。
レイカイも考えてるんですが、やっぱり仁にしか作れない世界もあるものなぁ、と。
・・それにしても、ごちゃごちゃしています。
今回は字を小さくしてみたので・・余計にごちゃごちゃしてますか?
それにしても今回もタイトルで苦戦。あぁ・・難しいタイトル決め。あぁ・・深い意味のないタイトル。。。
そして書き上げてみたはいいけれど、
ウチの仁って・・あんまりというか全然包容力がないですよねぇ;;
こんな仁を書いてしまって、
ステキ御方の仁イメージを壊してしまわないか、とドキドキします。
私が書くようなこんな仁じゃ、まだまだダメなんだよ。
そんなことを思いつつもUPしてしまいます。すみません;;
読んでくださった方!ありがとうございました!
2004.11.12